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同時進行
私は、2002年ころ、妻の名前を借りて「SF2025年」をWEB書籍として発表し、テクノロジーとAIの発達で資本主義に代わる奉仕主義を発表したが、その節目になる2025年に近づいてきた。
何故、2025年としたのかというのは、後ほど説明することとして、2017年には「貢献主義」を出版した。
この二つは、ある共通のことを訴えている。
それは、危機に接したとき、今の資本主義では対処できないということである。
2002年頃に人間がそのことに気がつき、その直後でも取り組んでいたなら、ある事態を避けられたかもしれない。
その時代には私は、子供をもうけていたので、私の子供達のためにも人間のエリート達に対処して欲しかった。
しかし、エリート達も所詮、人間が抱える愚かさを拭えなかった。
2017年に発表した「貢献主義」の冒頭で「のんきですなぁ。」と書いたのは皮肉を込めてのことだった。
最近、ようやく温室効果ガス削減と叫ばれてきた。
これも、人間の愚かさを象徴していることだが、将来、温室効果ガス排出ゼロにすれば良いと思っている節がある。
日本人は、更に愚かさを露呈している。
自分で取り組まなくても誰かがやってくれるものだと思っている。
周りが始めたら足並みそろえて始めればよいと思っているのである。
ヨーロッパ諸国、特に北欧諸国の優れているところは、今、自分達に何が必要なのかということを合理的に判断し、行動に移せるところである。
ただ、日本人に比べかけ離れて優れた北欧の人々でも、所詮人間である。
温室効果ガスを0にするという目標値を掲げ、そこに向かって歩んでいくという思考から抜け出せないでいる。
結論からいうとそれでは駄目なのである。
というか、駄目だった。という方が正しい。
地球には人間が生活できる基準の限界点がある。
そのポイントを超えると、人間の手には負えなくなるところが限界点である。
限界点を超えると地球は人間の安住の地ではなくなり、それから間もなくして人間は滅亡する。
科学者でもそのポイントは何年も先だと称えている者もいる。
しかし、残念ながらそのポイントは過ぎているのである。
地球の全てのものは、当然だが相関関係にある。
ウイルス、微生物、気温、海水温、雨量、マグマ溜まり、地殻変動、火山活動、紫外線、放射線、電磁波、これらが人間欲と絡み人間社会の損失と恩恵に変遷していく。
異常気象や地震、紛争や戦争もこれらの事柄が原因となり因果関係を形成する。
この文章を読んでいる人は分かり始めたかもしれないが、止められない戦争、止められない氷河の解氷、止められない温暖化。
これは、限界点をとうに超えた証拠である。
つまり、地球が、自然が人間に対して警告を発しているというレベルを既に過ぎているのである。
私が2002年ころ、SF2025年を発表したころから時間を費やすことなく、今で言うSDGSだけでなく、資本主義の社会を変えて危機を速やかに手当てできる社会にしていれば、国債だとか負債だとか、予算だとか無駄なものに労力や時間を割くことなく危機に対処できたのである。
2025年には、雪崩をうって地球環境が変化する。
再三述べているが、人間は愚かである。
温室効果ガスを減らせば良いと思っている。
科学者も例外ではない。
しかし、減らすだけでは、もはや雪崩を止められないのである。
では、どうすれば良かったのか。
2002年の時点で、テクノロジーを駆使して、環境破壊を食い止め、当時の地球環境を維持すべきだったのである。
あながちノストラダムスの予言が外れたとは言えない。
愚かな人間は、せっかくの提言をないがしろにして怠けた。
そして、2017年、残念ながら限界点に達したのである。
私はこの文章を書く前に、「未来と原稿」という文章を投稿した。
あれは子供達のことを思って書いた夢物語である。
挑戦しないより挑戦した方が良いかもしれないが・・・。
これから、いくら世界で資本主義の変革ができ、それによって発展するテクノロジーで短時間作業ができるようになっても、自然環境や大気成分を2002年当時に戻せるかどうかも微妙なところだ。
それどころか、自分が握った権力に酔いしれて、戦争を仕掛けて楽しんでいる人間に対して、何もできない社会では滅亡を食い止めることは決してできない。
核戦争、第3次世界大戦に突入し滅亡を早めていくがオチである。
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