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今回も私の疑問についてぶちまける。
最近国会議員青年局の集会で肌の露出が多い女性との懇親会が、非難を受けている。
社会の多様性の認識するためという言い訳が、その非難に拍車をかけているところであるが、この非難している日本人の多さが、日本人の愚かさレベルを表しているように思える。
国会議員が集う会に、何故肌の露出が多い女性が招待されたらいけないのか?
その女性達が、酒が振舞われる会で、何故ダンスをしたらいけないのか?
何故、チップを口移しで渡してはいけないのか?
何故、飲酒ならよくて、肌の露出は悪いのか?
肌を露出させた女性の立場はどうなのか?
これらの報道で、肌を露出させた女性の家族はどう思うのか?
肌を露出させる女性の差別偏見に繋がらないのか?
このことで、酒席で肌を露出させる女性がいる世間は、社会の多様性に当たらないのか?
マスコミを始め一斉に何の疑問も持たず非難する国民性に疑問を持つ者はいないのか?
多様性とは自由という言葉の裏返しではないのか?
モラル、TPO、ジェンダーレス、SDGs、これらを大声で叫び、一方でこれらを理由に一斉に攻撃する。
群集心理というか、何も疑問に思わず、学者や報道陣皆がそう言っているから正しいと思う日本人のレベルはどうなのか?
女性の裸婦が世の中で一番美しいものであり、それを見せてくれる女性に対して敬意を表している私にとって、常識人気取りで自分の狭い常識で押さえつけようとする度量の小さいに日本人に大いに疑問を持つ。
そういった常識人は裏で、自分の妻の服装にも他の男の目に止まらないように地味にしなさいだとか、女性が毒されてそれが当たり前に思うようなことを平気で言っているのだ。
大抵綺麗な女性が地味な姿をしている理由を尋ねると、「旦那がうるさいから」と答える。
つまり、モラルもへったくれもない。
本当の理由は、男女互いの独占欲を世間に充満させ、声高で言われている少子化対策なんてそっちのけで、エロチズムのない、欲情が萎える服装が蔓延するような狂いかけてきている常識を植え付けているだけだ。
常識に疑問を持ち、タブーに疑問を持ち続けないと、いずれ、アメリカ化、ロシア化、プーチン化していくことになる。
セックスのすすめ・進め
に対する抵抗勢力は、もうどうでも良い。
それ以外の人に言いたい。
まだまだ、日本の憲法、法律には望みがある。
日本人もしかり。
法律の範囲内で、他人に迷惑をかけなければ許してあげるといった度量を持つことも、可能な気もしないではない。 個々で、自由について疑問を持ちながら、歩いて行けばいいのではないか。
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