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貢献主義を実現できるほんの一縷の希望
について話す。
ある動画で、外国・確かフランスの女優が大阪万博のフランス館のアンバサダーに選ばれ、訪日した時のエピソードについて話していた。
そして、日本人の民度について褒め称えていた。
その内容というと、
アンバサダー業務を終えて、ホテルに戻ろうとした際、一般来館者が閉館時にトラブルが発生して足止めを食っていた。
当人はVIPであり、直ぐにでも退館できたが、一般来館者の不満が募り、フランス人と同様時間が経つにつれ、暴動に発展すると思い、警備員を増員した方が良いのではないかと、案内役にアドバイスしたそうだが、案内役は平然とした様子で「大丈夫だと思います。」と答えたというのだ。
更に来館者の様子を見ていると、疲れた様子ではあったものの、興奮することもなく芝生で休み、靴を脱ぎ横になり始めたという。
その様子を見ていた若者さえも、それにつられるように靴を脱いで揃えて置き、横になった。
これらの行動を見て感銘を受けたということを体験談として、ある番組のインタビューで答えていたという動画であった。
他にも、日本人の同様なエピソードを称える動画は、何本もアップされている。
これらを見ているうちに、日本人を見話していた気持ちが少しづつ変化してきた。
つまり、呆れ見放し少し高いところから、小バカにして鼻で笑いながら若干の哀れみも感じながらも日本の衰退と破滅を見守っていこうかな・いや、ただただ静観していこうかなと思っていた頑なになりかけた気持ちが、すこし溶解し始めてきた。
ただし、これからが肝心なことである。
日本も昔から、支配者と被支配者が明確に分かれていた。
しかし、日本の支配者と他国の支配者の関係性は、全く違う。
日本人の支配者と被支配者の関係性は、長年に培われてきたものである。
他国は、他国同士で侵略戦争が繰り返され、勝利者は敗者を殺処分、奴隷化は当たり前である。
これが日本以外の国である。
同じような顔の特徴を持つ東洋列国でも同じである。
中国、韓国も同じ。
バラモン教、ヒンズー教、儒教は同一民族内でさえも奴隷制度があった。
幸い日本は、島国であるがために、同一民族である日本人を階級制度というものはあったが、殺処分にする対象は、その時々の制度に対する反乱分子のみであり、その他の者は、同じ日本人として扱われた。(織田信長は少し違ったようだが)
余談ではあるが、この固定観念的なものが外国では理解されていない。
日本人は、同じ顔の特徴を持つ中国人、韓国人を当時も・今もそうかもしれないが、仲間という感覚として見誤っている。
戦争で勝つことによって、勝ち取った土地の住人は日本人になると思ってしまった。
日本人は、敗戦後もアメリカの良識ある判断によって、天皇が生かされ、日本人は日本人として生かされた。
良いのか悪いのかは分からないが、島国のために長年培われた、どこか正面から受け取りやすい、よく言えば真面目で素直、悪く言えば騙されやすい性質がDNAの中に組み込まれ、このグローバル社会においても時々その性質が顔を出すことになる。
しかし、他国、他民族から何度も侵略された経験を持つ者たちは、侵略されたイコール奴隷と被害者意識を持つわけである。
その意識のズレが、現在でも中国人や韓国人の日本人に対する敵対意識に繋がっている。
良く言うならば疑り深い、悪く言えばひねくれた性質が根付いているのである。
そこへ、中国共産党という独裁主義の洗脳教育により中国人は、ますます日本人の感覚からすると手を取り合って共存できる人間ではなくなり、それ以外の対象物と言える存在になってしまった訳である。
このことをお人よしの日本人は気づかないといけない。
日本人が嘗て大陸に侵攻したものではあるが、不毛な土地を一緒に開発し、近代的に変貌させたことについて感謝等という日本人なら当たり前に抱く人間感情はなく、征服される被害者・弱者意識が先に立ち権力者自身も疑心暗鬼の感情が渦巻く、強者に従属する社会に戻ったのである。
反日運動が事あるごとに行われることが、その証拠である。
終戦後何年経過しているとおもっているのか?
自分達の近代化に尽力されたことをすっかり棚に上げ、未だに日本の技術力、経済力をむしり取ろうとする欲深い国々。
東南アジア諸国のほうが、侵略経験が少ない分、人間らしい感情が生きずいている。
日本人は、嘗ての満州に位置する国々を、早い時期に見切らないといけない。
付き合うのはウワベだけでよい。
信頼できる国ではないのである。
相手国も日本をそう思っている。
日本がいくら胸襟を開いて親交を深めようとしても無駄になるだけである。
ここ何年かの誤りを繰り返してはならない。
同じ東洋人だから一緒に生活していくことで湧いてくるであろう仲間意識の期待感みたいなものは、勝手に日本人が描く妄想であり、その妄想を持ち続けると将来、完璧に強烈なしっぺ返しを食らうことになる。
政治に摩擦があっても、文化、演劇、コンテンツ部門等の交流は大切に思い、もっと深めないといけないといった話もあるが、それら文化、演劇、コンテンツは人間のウワベそのものであるから、いくら交流しようとも構わないが、真情まで気を許してはいけないのである。
少し話しがズレたが、嘗ての満州に位置する暮らす現在の人々と比べると、日本人は、親切心・おもてなし、相手を気遣う心(全て同じか、笑)が少しは、マシに見えてくる。
なので一縷の望みを抱き、多くの良識ある日本人でも打開することができない宇宙、地球規模の危機の根源である終末資本主義を改革するべく、日本人の特異な同調精神等を刺激し、眠っている心中エンジンの点火に挑むことにした。
容易ではないことは重々承知ではあるが、良識ある日本人魂に一旦点火したときには、欲にかられそれらをも捨て去った愚かな怜悧強欲者たちの深層に一矢を報いることができるかもしれないと思い、加えて、そうなると本望だと思い、このホームページ「やっぱりKASSホーム」を復活させたのである。
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