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「どうする家康」から「核家族」経由「信用度の低落」へ
NHK大河ドラマ「どうする家康」の中の築山御前自害の回は、今の世相を皮肉っぽく捕らえ、人間、家族、夫婦、親子の繋がりを表現されたものと感じた。
武家や大家族時代は、身近な人とのつながりの上で当然信用はあって当たり前、ことさら意識することもない時代だったろう。
時代は移り変わり、核家族が当たり前の時代。
更に時代は進み、核家族の中では、インターネット、SNSなどに興じる時間が増え、個人の考えを尊重する、若しくは個性への理解を示す。
この一見して、人間性が向上し成熟に近づきつつあるように見える社会が、実は格好の良さや、上辺(ビジュアル)だけに自然と意識がいくように退化した人間によるに薄っぺらな社会に変貌していっていると言わざるを得ない状況にある。
無意識に格好をつけることは。少人数になった家族間の中にも隙間風を生み、家族愛、慈愛の機微にも疎くなる。
それは、やがて家族間の中でも信用が薄れていくことになる。
当然、赤の他人に対する信用は、更に軽薄に扱われるようになり、それよりも自分の格好(スタイル)が大事になる。
格好をつけるうえで、上辺だけの信用を繕っておけばよいと無意識にうちに、身にまとい、そのことが当たり前になっていくのである。
その典型が若者らによる闇バイトである。
しかし、それだけではない。
現代社会では至る所に、上辺を繕って人脈を広げたり集客したりし、見えないところ、見えづらいところでは、裏切り行為をしている人、組織が蔓延っている。
大手電気会社、政府も例外ではない。
氾濫しているSNS、ホームページ、動画閲覧数、テレビ放送の視聴率、広告、カルト宗教、政党支持率、品物、電気代、インフラの適正価格、マイナカード、そして私。
これらは全て、個人の低い信用レベルが波及して、どれもこれも信用できないレベルに達している。
サイバー世界の黒ハッカーを、白ハッカーで対処するがごとく、詐欺行為に逢わないためには詐欺行為による罠を仕掛けるといった程、純粋な人間では到底太刀打ちできない社会になっているのである。
つまり、義理や人情等は、遠くてダサい代物になってしまった訳である。
では、どうしたらよいのか。
そのアイデアは、私なりに持っているが、ここでは書かない。
今までの記事を、見てくれればうすうす解るかもしれないが、別な機会に書く予定である。
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