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どうする家康を見終わって
どうする家康を見終わって、改めて思うことがあります。
これまで、家康を題材にしたテレビ、大河が数多くあった中で、何故また王道中の王道、家康を題材にするのかという疑問を持っていました。
若い世代には家康を題材にするドラマが少なくなった、又は、遠のいてしまったためかとも思いましたが、どうする家康を見て、これに携わったスタッフの別の意図がやはりあったのではないのかと、強く思うようになったのです。
それというのは、最高のスタッフを揃えることで、古い概念を打ち砕くことができるということ。
新しい発想と愛が、これから未来の社会を形成していくことが最も大切であり、大事であるという思考。
そして、いつまでも古い考えでは、これからの社会に、付いてはいけないと宣言し、古きものと決別するという強い意志というものも感じました。
そこには、視聴率、評判などを動じることなく、そんなことは度外視してでも、作りたいもの、大切なものを欠かすことをせずに必ず盛り込んでいくという強い決意が読み取れたためです。
さて、私達は大切なものを盛り込んで、ぶれずに理想とする社会を築いていけるのでしょうか。 このドラマの放送中にも様々な批判、非難がありましたが、これら抵抗勢力があっても、自分達が思い描いた素晴らしいものを作り上げたように、私達も若い時の徳川家康のように新しい若いリーダーを担ぎ、ユートピアはただの幻想に過ぎないという抵抗勢力にぶつかったとしても、突き進んで、貧困や虐げられた生活を送る若者たちが希望を持てる社会を実現出来るのか?と、突き付けられた?とか、色々考えさせられた作品でも、ありました。
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