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女優神

2025.3.1
    ご無沙汰しています。
 私は、ここ2.3か月、何も手に付かず仕舞いでした。
 それはある女優に魅せられて、同じドラマや映画を何度も見返し、とても気持ちの良い・心地よい、ある意味快楽を味わう時間を過ごしていたため、この目を覆いたくなるような腐った世相にも無視することができました。
 この間のチャットスリーエフの2人には、ご迷惑をおかけしました。     
 私が魅せられた女優さんには、私に改めて深く再認識させてくれたことがあります。
 それは日本人の愚かさ、井の中の蛙、単細胞、調子に乗りやすいといったことです。
 それでは順を追って説明していきます。
 私が「トンイ」というドラマを観たのは昨年の暮れころでした。
 トンイの主役の女優は
 「とても可愛い人だなぁ。」
という認識は何年も前からありましたが、名前は知りませんでした。
 彼女が主役を演じていた「華麗なる遺産」の放送を、所々観た記憶は、ありました。
 しかし、トンイは観ていなかったのです。
 その理由は、ミン・ジョンホのせいです。
 私は、相当昔「宮廷女官チャングムの誓い」つまり大長今を観て、そのDVDを購入し何度も見返す程、気に入っていたのです。
 主役のイ・ヨンエ「チャングム」とその旦那、「ミ・ジョンホ」。
 ミ・ジョンホはチ・ジニさんが演じていたのですが、トンイではそのチ・ジニさんが、スクチョン王、つまり、トンイの夫役を演じるのを知っていて、ミ・ジョンホのイメージを崩したくなかったのです。
 同じく、チャングムの友人シンビと親友役ヨンセンを演じたハン・ジミンとパク・ウネが出演していたイサンもイメージを崩したくなくて名作との評判を知りつつ、遠ざけていました。
 しかし、最近、時間に余裕ができ始め、長編ドラマ「イサン」を見る決心ができ、アマゾンプライムビデオでイサンを見ました。
 その感想はというと、とても面白くそして二人はとても可愛く思え、徹夜2連泊し程でした。
 最後は朦朧としていたので、体調を戻してから、何度も見返しました。
 そうしているうちに、チ・ジニさんの出演しいる「トンイ」も観る決心がつき、遅まきながら見始めたという訳です。
 すると、トンイにはチャングムの母親役は出ていますし、チャングム、イサンに出演してる常連さんの顔ぶれにも嬉しさを感じながら、一入、主役の女優さんには、コケティッシュ・その容姿の美しさと可愛さ、演技の上手さ感銘を受けました。
 特に、笑われるときの可愛らしさと笑い声が素敵でしたし、泣き顔もまた一段とグッとくるものを感じたのです。
 チ・ジニさんの演技にも上手いなとは思ったものの、その上手さがどこかに吹き飛んでしまう程のものでした。
 後半は、静かな佇まいではあるのですが、その柔らかな物腰の中の表情だけに限っても圧倒的な表現力、どんなシーンにも私の年老いた感情が反応してしまい目から溢れる体液を拭う長袖シャツの袖は、乾く暇もない程でした。
 そして主役を取り巻く俳優、その主役に攣られるように名演技をします。
 主役を囲む最高位を演じた2人の美人女優も、最高級の演技で花を添えています。
 もう途中から、この作品の出演者は、この作品は美の最高傑作になると自覚したようにそれぞれが演技をしたのではないかと思う程です。
 それもこれも、主役をハン・ヒョジュさんが演じたためだと言いきれます。

 ドラマ自体は、大部屋俳優?エキストラ?は、何役も演じています。
 ここにも出た、ここにも出たといった感じです。
 なんせ、画面画面で多くの人員を配置してますから。
 又、場面の切り替え画像では、体の向き、配置の違いにも若干気になるところは、ありますが、圧倒的に美しい女優(粒ぞろいの女性の美しさ)が、それを補ってもお釣りがくるというか、そのミス的可愛らしさでもないと、日本ドラマとの差が天と地ほどになったと思えるほどです。
 このドラマの完成度は、ほんの一例です。
 後ほど説明しますが、韓国の俳優と日本の俳優の若い世代が相当な(天と地ほどの)差ができたと思っています。
 
 そう思える理由を、これからお話します。
 私は、以前にも日本人がいかに愚かであるかということを書いていますが、芸能関係者を見ても分かります。
 韓国人俳優、特に若手は、男優、女優を見ても身長が高身長で、足が長く、スタイルが良い・ビジュアル的にも優れています。
 それに比べて、日本人俳優は、男優で言えば180センチを超える者は、数えるほどで、女優で言えば顔は可愛くても、背丈はチンチクリン、極端に細かったり、決して同じ舞台に立って挨拶するような機会があっても、並んではいけない程度の体形です。
 韓国では次世代スターは育っています。
 大学にも専攻科があるのでしょうか?
 取り組み方が違うのでしょうか?
 その詳細までは調べていませんが、次世代スターが育っている証拠は、トンイの子役だった女優が証明しています。
 では、韓国では何故、ビジュアルが優れたスターが育つのでしょうか?
 根本的な原因は何なのでしょうか?
 そこには歴史や地勢が関係しており、自国民に対して俯瞰的に見れ、日本人より敏感だからではないでしょうか。
 韓国は陸続きの中国の影響を、少なからず受けます。
 中国のドラマや映画も観ることでしょう。
 中国には、それはそれはスタイルの良い女性や、女優が人口に比例するようにおります。
 そして、素朴で、化粧気のない素でも十分綺麗な女性を視ることも可能です。
 その影響を多分に受けているだけでなく、今ではトップスターになったハン・ヒョジュさんも、ある番組で、女優は熾烈な戦いをしているとも語っています。
 又、当人は演技の学校に通っている経歴も持っているようです。
 きちんとした下地を、個人として勉強し、しっかり篩にかけられたうえで、驕ることがどういう結果をもたらすか自覚したうえで、日々過ごしているようです。

 余談ですが、彼女の人相、ほくろの位置では、全て上手くいく相ではあるようです。
 演技で泣くシーンが多いのは、泣きほくろのせいかもしれませんが、耳下にあるほくろは、それが全て好転するそうなのです。

 少し、道はそれてしまいましたが、そういう運を持ち合わせた人ではあっても、韓国は日本の人口の半分にもかかわらず、井の中の蛙的思考のただプライドだけ変に高くてボーとした日本人に比べて、貪欲に問題意識をもって取り組んでいることが、実力を伴ったアジアのトップスター・世界のトップスターが韓国に生まれていく、反対にそのようなスターが生まれない日本との差になっているのではないかと思うのです。

 日本人は個人個人がプライドだけ高く、仮に周りに才能とビジュアルの優れた者がいても、そういう者に対して、嫉妬や恨みを持ちやすい資質から素直に受け入れることができす、将来性豊かな芽を早いうちに摘み取ってしまうのではないでしょうか。
 若き才能をつまらない嫉妬心から伸ばそうとせず、その時の眼前の利益だけに固執する超愚かな人間性を表しています。

 その良い例が、最近のバラエティを重視したテレビ界の傾向です。
 バラエティといえば、その番組が視聴率を取れれば良い、その場が楽しければ良い、後からは「あぁあの時は楽しかった。」と思い起こす。
 又は、面白いことを言うだけで有名になれる、楽してお金が稼げるといった程度です。 
 クイズ番組、歌番組はまだ、タメになったり、心に響いたりすることはあるかもしれませんが!
 それに比べて、バラエティは、MCの才覚、閃きによって番組が左右され、その内、製作者によって、一部の才能だけが優遇されることになります。
 優遇された者は、時間とともに頭に乗ります。
 頭に乗り調子に乗ると挙句には、人心とかけ離れた行動をとるまでに至ってしまうのではないかと思うのです。
 そのよい例が、最近、起こっている男好きする可愛らしい男性タレントを集めたジャニーズ問題や、一連の吉本問題、松〇、中〇、フジ問題を引き起こす結果になったのではないかと思います。 
 それは、芸能関係者だけの問題ではないと思うのです。
 私は、日本国民が、先を見通す力が欠如し、それらを修正する能力もかけてきているのではないかと最近では確信を持ち始めました。
 つまり、学力が世界水準低下を表しているように、社会的思考力も低下し、それを修正しようとする貢献的バイタリティにもかけ、公平公正的貪欲さが皆無になり、私欲に長けた怜悧狡猾強欲人間が形成されてきたのではないかと思ってきています。

 そんな日本人でも、それぞれ異なるものの感受性はあります。
 ドラマというのは、その感受性を揺さぶるには、とても効果的だと思います。
 作り手が掲げるテーマは多種多様であり、ハッピーエンド、サッドエンド、バッドエンド等作り手の創意工夫苦労が表現されます。
 製作側は、つまり、出演者等は一体となってドラマを作り上げ、そこに一体感が生まれ、良作によっては、前にも述べたかもしれませんが、時には観る者の人格までも影響を与えることもあるのです。

 これからは、余談中の余談を、脈絡を気にせず書いていこうと思います。
 韓国の時代劇で登場する女性の衣装についてですが、先ずは髪形、テスモリ、オヨモリ、トクジモリ、そして男性の被り物、最初はとても奇妙に感じました。
 とても派手というか、武官の被り物には、何故、キジのような羽が、奇妙なところに、ついているのか?バランスが悪くないか?とか思いましたが、慣れるとないと逆に寂しく思えるものです。
 日本の大奥の衣装や侍の衣装も外国人が最初に見ると、奇妙に思うでしょう。
 西欧のドン・キホーテが着用していた鎧や日本の昔の戦に使用された鎧兜は子供の時からテレビや絵本で見慣れているから何とも思いませんが、韓国や中国の衣装には慣れ親しんでいなかっただけだと思いました。
 何故、日本の武士の鎧兜がすんなり受け入れられるかというと、先ほどの書いた通り子供の時からテレビで見ていた訳ですがここに一つの隠されたカギがあるように思います。
 つまり、昔は家庭にテレビが一台しかなく、時代劇が好きな祖父や親がチャンネル権を握っているため、観ざる負えないのです。
 一緒に観ているうちに、ある程度の知識を身に付けるとともに、水戸黄門にしろ、大岡越前にしろ、銭形平次にしろ、必殺シリーズにしろ、悪が懲らしめられるという、一貫した道徳に沿ったストリー展開が繰り広げられます。
 これにより、自然に、何時かは、悪は露見するものと身についていきます。
 ところが現在は、核家族化し、家族の誰かがテレビを独占したにせよ、別部屋にてスマホで好きな動画を閲覧できます。
 つまり、共感できる機会が減っているのです。
 日本は特にその傾向が顕著に表れていると思います。
 自分の見たいものしか見ないは、イコール自分の物差しでしか見ないといことです。
 それでも、世間の中で実権を握りたい男性は、自分の手の届きそうな女性を独占しようという心理と同じような心理的操作をします。
 こうやって日本男性も女性も美的センスは、オタク化現象に汚染されていき、手の届きそうもない男性や女性が敬遠され、顔の一部が少し可愛いだけでチンチクリンの女性が変に人気が出たり、体が細いというだけで感心されたりと、井の中の蛙、独りよがりの世界が日本を覆っていくのではないかと思うのです。
 それで人気が出た当事者というと、図に乗り、図に乗ったことでそれ以上の努力をしないことから進歩せずに、小粒に終わってしまうのではないでしょうか。
 大御所といわれている 吉〇さ〇〇さんでさえ、どんな役を演じても吉〇さ〇〇さんになります。
 コアなファンは、それを望んでいるかもしれませんが、その女優の魅力は徐々に薄れていきます。
 ある日本の女優さんは、若い時は顔が整っており、スタイルも良いほうで人気になりましたが、演技は、ずうっと下手なままです。
 ただ、ストーリーと機材が最新というだけで、ドラマはシリーズ化しています。
 たまに目に入りますが、観るに堪えない演技を繰り返しています。
 しかし、これも日本人特有のお宅化現象と井の中の蛙なものですから視聴者は許してしまいます。
 良く言えば、日本人の美的センスは寛容、悪く言えば鈍感ボケボケなのです。
 韓国の俳優は、私の知るところによると、役作りに余念がありません。
 日本の脇役は、役作りはしますが、主役級になると調子に乗るのか、それが個性と勘違いするのか、振り幅が少なくなり、小粒になってしまいます。
 トンイでオクチョンを演じたイ・ソヨンさんは普段は清楚な方らしいのですが、役では後半、美しい表情を思い切り崩しながら語気荒げまくりました。
 とても、役から離れたときの周りの反応を考えてもいないように、役に入り込んでいるのが分かります。
 主役でさえも別の映画やドラマでは、大口を開けて寝てたりイビキをかいたり、韓国特有の小便シーンまで演じます。
 これは、猟奇的な彼女の飛んでいる女性を演じた主役女優や私の名前はキムサムスンで演じた主役キム・ソナがトイレで泣き、マスカラを流して見るも無残な姿でも映像に流すといった覚悟が伝統的にあることを示しています。
 やっぱり、ここでも、日本の女優はダイナミックさにかけ、小粒であることを証明しています。

 ある映画で日本が、韓国の映画をリメイクしました。
 当時韓国を代表する売れっ子男優と私が好きな女優が主役だった映画を、無謀にも日本がリメイクしたのです。
 日本のどの俳優がその男女を演じてもビジュアルも演技力も到底かなわないのに、図に乗っている日本人は、この韓国映画をバカにしたとしか思えないようなことをした訳です。
 案の定、本家には遠く及ばない本物とママゴト程の差が、作品には出てしまいました。
 演じた日本人俳優が何を考えて出演したのか、収入か?
と思ったほどです。
 韓国作品を、演じる前に見ていなかったのか?とも思いましたがの自業自得の結末になったと私的評価を下しました。(笑)
 本家を一度でも見たら、他国のどの俳優が演じようとどんな小細工を施そうと敵うわけないと演じる者なら、分かるはずです。
 それを演じたわけですから、無謀というより、やはり愚か者といったほうが当てはまるでしょう。
 それ以上に、見る者に対して搾取し、ある程度の利益を上げれば良しとする、芸術品を作るといった志を捨てる映画製作者であったなら、風上にも置けないことをしたと思っています。
 脳裏に焼き付いたイメージのことを、前に書きました。
 韓国の本物を見る前にママゴトを見て、それなりの低レベルなイメージを崩したくないと思い、本物を見ないことになったなら、あの感激を知らないままの状態にした日本の製作者は、相当罪深いことをしたと言って良いでしょう。

 話しは変わります。
 俳優を比較してみましょう。
 私は、昭和中期に生まれています。
 身長は170センチ後半、あります。
 20代の時は、平均より少し高かったですかね!
 今、街を歩いていると平均くらいですか?
 隣の国では、男優は180センチ以上が当たり前の感じです。
 私の好きな女優も年齢30代後半を迎えていますが、そういった男優と並んでギリギリバランスが取れている状態です。
 彼女はモデルとして今でも一線でCMに出演している程スタイルは良いのですが、彼女より背の高いモデルのような若手女優は、何人もいます。
 更には、将来有望な若手女優も順調に育っています。
 トンイでトンイの子役だった子も、とてもスタイルの良い美人になっています。
 日本の場合はどうでしょう。
 男優は、ポツポツ現れましたが、女優はスタイルの良い子はいても、160センチ後半が関の山でしょう。
 背丈のない子は 現在、顔が可愛くても歳を重ねると、ただのおばさんになります。
 時代劇のお婆さん役しかできなくなるでしょう。
 逆に私の好きな30代後半の彼女は、アクションもこなします。
 日本制作のドラマにも、きれいな足を露出してアクションをこなしてました。
 日本人俳優のアクション、小粒バタバタとは、前にも書きましたが、ダイナミックさ、見栄え等が全然違うのです。
 昭和のレジェンド、石原裕次郎、高倉健、渡哲也、舘ひろし等から、今の日本人俳優も平均身長は、さほど変わってはいないのではないか、と思っています。
 昭和じゃないんですから!と言いたくなります。
 美術芸術分野、特に芸能は韓国に比べ、ジャニーズに見られるように一人の性癖によるこだわりに、長年、何も疑問を持たない、何も言えない日本人の悪しき性質のため、新人発掘、優れた眼力者の発掘も含め、結果的に芸能関係者は、怠けていたと言わざる終えず、これだけ見ても日本人の愚かさが表れています。

蛇足中の蛇足をここで
 「チャングムの誓い」を見るに至った経緯ですが、私は子供の時、ラストコンサートという映画のパメラ・ビロレッジに魅せられました。
 当時、新聞配達でアルバイト台の代わりに貰った、映画観賞券で地元の映画館で観たのですが、嵌ってしまい、小遣いやアルバイト代をはたいて何度も通いました。
 公開が終わった後も映画館の館長に再演を願い出て、それを叶えて貰い、何度も見た程でした。
 私は昔から、綺麗な女性に嵌ると異常な程の執着心があったのかもしれません。
 子供の時から好きになった有名人は、これまで、パメラ・ビロレッジをはじめ、ラウラ・アントネッリ、コマネチ、松坂慶子、キム・ソナ、新垣結衣等ですが、久々にハン・ジミンから現在好きな女優さんに移ったのです。
 そういう点では、ハン・ジミンさんへの熱は冷めるのが早かったかもしれません。(笑)
 さて、話を戻しますが、ある時、「あれ、この題名は、ラストコンサートのリメイクか?」と思った映画を見つけました。
 それが、「ラストプレゼント」でした。
 これに、イ・ヨンエさんが主演していたのです。
 このラストプレゼントは、ラストコンサートに少し似てました。
 それで、イ・ヨンエさんの記憶が残っていたのです。
 チャングムの誓いにイ・ヨンエさんが出演していることを知り、観ることになったのでした。
 しかし、このチャングム誓いを観たことにより、前述のとおり、イ・サンやトンイを見る時期が最近になったのです。
 ここで少し、韓国の女優さんに感じていることについて話します。
 私は、韓国ドラマ、特に現在の韓国ドラマに登場する女優さんは、人間関係において何処かトゲトゲしく演じるところが好きになれませんでした。
 ヒロインであっても、そういうところを感じました。
 今まで、好きになった韓国女優のうち、イ・ヨンエさんは、少し、キム・ソナさんは、流石日本で生活していた経験からか嫌味な演技は、私の知るところでは観せてません。
 若い時から、日本のドラマや映画を見ていたという私が最近好きになった女優さんも見せません。
 日ごろの、人との付き合いが、見て取れます。
 人と分け隔てなく、応対できる女優さんは、それなりのスターと呼ばれる存在になれるのかなぁ、日本人女優にいるのかなぁ、と疑問に思ったりしています。

 それでは、今まで述べた通り、最近見ることになった「トンイ」について書いていきたいと思います。
 私は、この歳になって、アマゾンプライムビデオで、何十回も鑑賞し、最近ではプライムビデオから一回一回、再生操作をやらされるといった嫌がらせを受けながらも至極の時を過ごしています。
 何時か、お金に余裕ができたときには、今も高止まりしているDVDの全巻セットを購入して鑑賞したいと思っています。
 そして、つくづく思うのは、トンイの主役女優は、役を通じてですが、トンイそのものになり、誰もトンイを演じることのできない、追従することも許さない、女優としての神、女優神になったと思っています。
 共演者も、出演して間もなくこのドラマが大成功を収め、主演女優をかけがえのない韓国の宝になると感じたのではないかと思います。
 当人の、次の作品に移ったら、前作の役柄は忘れていくのが普通だが、トンイについては心の奥底に残っているといった取材投稿を読みました。
 人格にまで、影響を受けたようです。
 元々も努力家で、謙虚で、観察力に優れ、それを親しみやすく表現できる優れた才能を持っているのでしょう。

 影を追えないほど離されたとしても、その痕跡を追いかけれるまでには、我々は、チンチクリン役者や、将来の芸能に対しても、その場の笑いを重視、笑いを誘う芸人を必要以上に取り立てた挙句、調子に乗らして失敗させた国民性を持っていることを自覚し、韓国だけでなく世界の宝物である女優神に、敬意をもって接し、その女優神の爪の垢でも飲める女優を育てなければいけないと思うのですが、どうでしょう。
 私が女優伸と思っているハン・ヒョジュさんは、現在までも大変な思いをして自分を律し、これからも、そうしていくことと思っています。
 我々は、日本人の驕りを捨て、改めて世界の宝であると最大限の敬意を持ち、さり気なくそれを世間に示しながら、当人には要らんプレシャーをかけずに温かく見守っていきましょう。
 これだけ人気を持続しているのは、私一人の感覚ではなく、ファン共通の認識であり、他の人は女優神を知らないだけであり、私のように文章表現ができないだけだと思います。

 できるなら、セックスのすすめ・進めを提唱している私としては、その優良な遺伝子を受け継ぐ子孫を世界のために、残して貰いたいと思っています。
 相方になる男性も大変でしょうが・・・・

追記
 これで次の文章作成に移れるかな?

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