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生成AIと仕事

 生成AI台頭で人間の仕事がなくなる?

 人間とはいかに愚かな動物か?

 日本人は、特に固定観念から抜け出せない、人間という種の中でも愚かな部類に入る。

 原因は、労働基準法のせいなのか?それとも働くことが好きなのか?

 身体を動かすことと働くこととは必ずしも、イコールではない。

 自分たちの働きがその労働にみやった対価を得ている者は、労働人口の約3割程度で、他の7割程度の労働者は、その3割程度の者に自分の対価を搾取されているにも関わらず、人が好いというか、鈍感というか、なすすべを知らないのか、改革をする気力を持ち合わせていないのか、とにかく最近の統計通り、北欧人に比べて劣っているのは明らかである。

 ただ真似をするという特技がある日本人は、ここは素直に北欧人に劣るということを認め、北欧人のように合理的に、且つ柔軟に物事を考えるべき時期に来ているのではないか。

 日本人は、生成AIが出てきたことを契機に、働き虫を脱却し、余暇を楽しむ余裕を持った人生に、方法転換をしてはどうか。

 労働基準法に定められた労働時間を、今の半分程度、いやもっと削ってもよい社会にすれば、生成AIが出てきた弊害をなくせることになる、と思考も転換すればよい。

 そこまで柔軟性を持てるのは、私ぐらいか。

 また私は高みから呆れた表情で、見下ろすことになりそうだが。

 大抵は、私の意見は当たっており、自然環境の維持や、少子化問題などもわざわざ遠回りをして棘の道をいっているから、私が高みから見下ろす結果になるのだ。

 素直に聞ける耳を持っているのなら、次に私が述べるようにしていけば、今騒ぎ立てていることが滑稽に思えてくるだろう。

 その耳がないのなら、より私は高みから見下ろすことになる。

 学歴もないのに生意気な鼻持ちならない者と思い、アイデアを出したがっているクソ生意気な者に気を使わなくても、そのアイデアを真似たり盗んだりすればよいと思っているかもしれないが、オリジナルを真似しても、後が続かない。

 所詮、次から次へと出てくるオリジナルのアイデアにオリジナルに従わないといけないと気が付く羽目になる。

 後になれば後になるほど、オリジナルの怒りを買い、泥沼にはまっていくのがオチである。

 早いうちに、味方につけとくのが得策ではないか?

 はあ~。言いたいことは言わせて貰った。

 それでは、生成AIと、どう付き合ったら良いか。

 簡単である。お友達になれば良いのである。

 ・・・

 自分個人のAIを生成すればよい。

 個人で自分のAIを所有し、自分をAIに埋め込む。

 自分の価値を自分のAIもろとも社会に登録する。

 自分と自分のAIを共にアップグレードしながら、自分の価値を世間に知らしめ自分の位置を社会に記す。

 つまり、一つの生成AIを共用するのではなく、個人の生成AIを供給し、社会でなすべき個人的なもの、仕事でも何でも生成AIと進めていけばよい。

 行く行くは、パーマンを作れば良いということ。

 ということで、これは私のオリジナルではなかった。

 何十年も前に、考えられていたこと。

 SFは、時期に達成される、ということである。

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