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KASS ホンワカ

ダサイ愛
最近、又、組織的詐欺のことが取りざたされている。
こういう事件や、札幌における首なし事件の報道を聞いたり見たりすると熟日本人の未来に不安を感じる。
これまでも偉そうに書いてきたが、最初に結論を書くと、これは個人の資質の問題ではない。
そして、人のことだから関係ないということでもない。
昔に文章にしたと思うが、昔々人間が部族単位で生活していた時代、5,60年前のアフリカ、東南アジアの当時秘境の地を取材していた「兼高かおるの世界の旅」では少数民族の映像があった。
そこで取材されていたものは、少し野蛮な風習はあったものの、家族間、部族間のつながりが非常に堅固なものだった。
高々5,60年前まで人類が生まれてからずうっと、そうやって生きてきたことが垣間見れた。
つまり、現在の文明に侵される前までは、人類が誕生して以来、廃れないまま脈々と受け継がれてきたものがあったのである。
各部族の中でも、掟を破ったものにはそれなりの厳しい罰が与えられているという取材も記憶にあるが、掟を破らないための家族間の繋がり、躾、慣習の厳しさも見れた。
その取材は、私達が優越感に浸るため、物珍しさを味わうための番組だったのか、その真意は定かにないが、今の日本を見ていると、そのシーンが脳裏に浮かぶ。
時代が進み日本では、普通に大家族で生活する時代は、終わった。
当然祖父母から孫に対する視線の数も減る。
たまに会うと溺愛する。
核家族化が進むと、同時に各個人化が進み、その狭い世界が当たり前になり、居心地が良かったり、少し窮屈でもその環境に慣れたりもする。
当然のごとく、その行動に疑問を呈したり、咎める者の人数も減り、ブレーキがかかる障害も少なくなる。
部族間の繋がりにも言える。
過疎化と高齢化により繋がりが、相互間で目が行き届かなくなり、孤独死も増加する。
個人の好みを気にするあまり、結婚適齢期にかかっている男女がいても紹介しあうということもなくなり、少子化が進んでまさに負のスパイラル、悪循環に陥っていく。
個人、個人はどうしても欲情には勝てず、欲望のまま突き進みがちになる。
楽な方、面白くて楽しい方に走る。
科学が発展した世の中で。他の人とを比較するツールが増えたこともあり、その背景を察することもなく、ストレスを感じると言い訳をして安易な方向へと進んで行ったりもする。
人間の3大欲求、性欲、食欲、睡眠欲、特に性欲が過激になり、歯止が利かなくなる。
故に、将来理想的な社会が確立出来るとしても、現代はそれには程遠い時代を歩んでいることを認識しながら、今まで述べた全てを弁えたうえで、個々がバランス感覚を備えて、生活をしていかなければいけないのである。
仮に、時代を先取りした思考を持っていたとしても、極端はいけないと自制もしないといけない。
理想社会は、べたべたな愛、面白みのない愛、ダサイ愛が皆の心に持てるようになった時、初めて出来上がる。
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